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Juvenalog

鶴岡→東京ヒッチハイク成功! ダメ人間の僕だからこそ気付けた、ヒッチハイクの魅力

ヤッホー、オノデラです!

 

僕は先日このブログにて、山形県鶴岡市から東京までのヒッチハイクにチャレンジすることを宣言しました。

 

▼まだ読んでない方は、ぜひお読み下さい!

tax36.hatenablog.com

 この記事を投稿してからの反響は大きく、PVも大幅に伸びました。ブックマークコメントでも、応援していただいたり、驚かれたりと反応は様々でした。

 

さて、そんな記事を投稿した翌日からヒッチハイクを始めたのですが、本日15時、無事に東京は練馬区に到着しました。詳しい旅の記録は、後日投稿させていただきます。

 

 

今日は、ヒッチハイクを終えたばかりの僕が、今すぐに伝えたいヒッチハイクの魅力について書いていきます。

 

ぜひ、最後までお付き合い下さい!

 

初めてのヒッチハイクは、本当に孤独だった

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 ノリで東京までのヒッチハイクを決心した僕だったが、とにかく不安要素が多かった。

 

ヒッチハイク自体が初めてであることはもちろんのこと、なによりも僕は孤独がキラいなんです。ひとりで目的地を書いたスケッチブックを掲げ、ひとりで車に乗せてもらえるなんて出発前の僕には到底想像できませんでした。

 

案の定、初めてのヒッチハイクはかなり子孤独なものでした。

 

3時間スケッチブックを掲げても一台も停まってもらえなかったときは、僕ひとりだけが世界から取り残されたかのような気持ちになりました。

 

日没後、宿を求めて夜道をひたすら歩き続けたときは、思わず泣いてしまいそうにもなりました。

 

けれども、そこでスケッチブックを掲げることをやめたりしなかった。歩みを止めることもしなかった。そんなことをしても、現在地からは進みも戻りもしないことをわかっていたからです

 

そうして粘りに粘って、今こうして東京にたどり着くことが出来ました。

 

ヒッチハイクは人生の縮図

初めてのヒッチハイクを経験した僕は、ヒッチハイクは人生の縮図だと考えるようになりました。

 

前に進むには、続けるしか手段はありません。スケッチブックを掲げることをやめてしまった時点で、車に乗せてもらえる可能性はゼロになります。

 

人生でも同じようなことがいえるのではないでしょうか。

 

続けていれば、”いつか”があるかもしれません。スケッチブックを降ろしてしまったら、すなわち生きることやめてしまったら、その”いつか”すらも無くなってしまいます。

 

また、このヒッチハイク中、一度たりとも「死にたい」と思うことはありませんでした。

 

理由は自分でもわかっています。見知らぬ土地、一向に停まってくれない車。そんな極限の状態で「死にたい」と考える余裕なんてないんです。それよりも、前に進むことを考えなければいけないからです。

 

僕は初めて気付きました。自分自身がこんなにも生きることに前向きになれることを

 

人生に行き詰っている、同志へ。

不登校でメンヘラの僕だから気付けた、ヒッチハイクの魅力。

 

それは、死生観がぶっ壊されることだと思います。

 

極限の状態のなか全身で感じる「生きている実感」は、普段の生活ではそうそう手に入りません。ならば、ヒッチハイクするしかないですよね!

 

どうか死ぬ前に、一度でいいからヒッチハイクに挑戦してみて下さい。

 

きっと、死生観がひっくり返るような刺激的な体験ができると思います!

 

皆さんが、生きることに少しでも前向きになれることを祈っています。

 

以上!